うたた寝=先生を待ちながら
---或は、取り留めのないモノローグ---
先生まだかな…
今日は土曜日だから、デートしてくれる約束なの
さっき教室覗いたら、まだ三時間目の授業中。宿直室で待っててって言ってくれた。
優しいな、先生。
廊下の外で、子供達が大騒ぎしてお掃除している。
うん、お昼も過ぎたし、もうすぐよね。
それまでは、このぬ〜べ〜くんと一緒に居るね♪
昨日出来上がったお人形。眉毛と髪の毛の具合が、すごくよく出来たと思うのよ、先生、上手いって言ってくれるかな?
それにしても、この子で何体目かしら、先生のお人形。
初めて作ったのは、ちっちゃなキ―ホルダーにつけるものだったっけ?
スキー客が落としていったのを見ながら、真似てみたのよね。
私を助けてくれた時の先生を…
あの時もかっこよかったなぁ。
何発も身体を貫いた銃弾は、今でも思い出すのが恐ろしい。
鬼みたいに怖い顔で睨みつける猟師が、砕けかけた私を見て、まだ死なないのかって言ったのを憶えている。やっぱりこいつは妖怪だって…
もう駄目だって思った。私が死んだら、つららは笑うかしら?山の神様はまた元通りの私にしてくれるかしら?そんな事が頭に浮かんでいたわ。
本当に怖かった。
そんな時、先生が飛び込んできてくれた。猟師から鉄砲をもぎ取って、放り捨ててくれた。
そして、私の身体に、暖かい気が流れ込んできたの…
雪で出来たこの体は、それまで暖かいって、どういうものか知らなかった。だって、火なんて側に寄っただけでも融けてしまうもの。
だけど、先生の暖かさは違っていたわ。
力強くて、優しくて…まるで先生そのもの。
砕けた身体を元に戻して、心の中に小さな火を灯して、体中に染み込んでいった…
考えてみると。きっと私、あの時から、もう普通の雪女じゃ無くなったんだと思うわ。
体中の結晶一つ一つに、先生のやさしさが染み込んで、だからこそ、人を愛せる雪女になった…今まで想像したことも無いけど、そう考えると、ものすごくわかりやすい。
そうよ、きっとそうなんだわ。
だからこそ、一度は消えて、再び再生された時、先生の気の波動で、以前のゆきめの心が甦った、山の神様に、別人の心を入れられていたにもかかわらず…
なんだか嬉しいな…私の体、先生のやさしさで出来ているなんて…
人間じゃないからこそよね。
私、妖怪で良かった、雪女で本当によかった…
なんだかとっても幸せ…
つららは、先生と居ると、苦しんで不幸になるって言ったけれど。私は、先生と一緒に苦しんだり笑ったりできる今が一番うれしい。
ごめんね、つらら。心配してくれたのに。
悪戯好きで、意地悪もいっぱいされたけど、つららが本当は、面倒見が良くて優しいこと、誰よりも知っているわ。
そして、私たちの恋が、どれだけ山に迷惑をかけたかも、よく判っている。
…何時か、必ず里帰りするね。幸せだって、報告するね。
だから、今はごめんなさい。
あら?子供達が下校する声が聞こえる。
お掃除も終ったのね。
先生はこれから、職員室で日誌を書いて、お掃除の報告を受けて、下校確認…結構忙しいのよね。
それに、この学校って、色んなところに先生が結界を張ったところもあるし、下校確認のついでに、それのチェックもしているって言っていたわ。
じゃあ、まだまだね。
いいわ、ゆっくり待ちましょう。
先週テストの採点で、デートをすっぽかしたお詫びに、今日は必ず行こうって約束してくれてるんですもの。いつまでだって待てるわ。
うふっ先生の帰りをまっているなんて、まるで奥さんみたい。
旦那様がお仕事から帰ってくるのを、お家で待っているの。もちろん美味しいご飯作って、お風呂用意して…
抱っこしているぬ〜べ〜くんが赤ちゃんだとしたら…
やんだ〜!!わだすったらおしょすごど〜!
きゃっ、ぬ〜べ〜くん凍らせちゃった…
静かになったなぁ…
こうして宿直室で待っているなら、ご飯の材料買ってくれば良かったかも…ううん、駄目よ。
だって、今日は珍しく、先生のほうからデートのプランを言ってくれたのよ。
一緒にスケート場に行って、センター街でウインドウショッピングして、ガード下でラーメン食べるの。
楽しみだなぁ…
先生はきっとチャ―シュウ大盛りのチャーハンセットよね。定番だもの。
私は、お店の小父さんが特別に作ってくれる冷たいスープの冷やしラーメン。とっても美味しいのよ。
そうだ、センター街でお夜食の材料を買って、もう一回宿直室へ帰ってくるのも良いかも…
そんな事を言ったら、先生何て言うかしら?真っ赤になって照れるかしら?
宿直室は、ひんやりと冷えていてきもちいい…
なんだか、眠くなってきちゃった…
ぬ〜べ〜くん作るのに夢中になって、夜更かししたからだわ…
先生遅いな…早く来ないかなぁ…
……
ん…何かしら…とても暖かい…
不思議ね、暖かいのがきもちいいなんて…私雪女なのに…
でも、とても優しくて暖かい気配が伝わってくる…
前髪が揺れる感じがする、違うわ、大きな手が優しく私の前髪を掻き揚げている…何度も何度も…
私この感触大好き。だってこれは私に色んなものをくれるから。
嬉しさ、幸せ、安心、希望…良いものばっかりくれる優しい感触…
ああ、なんだかふわふわしている。
なんて気持ちの良い夢かしら…
あ…今おでこが見えるくらい髪が上げられた…
…柔らかくて、暖かい何かがゆっくりと押し付けられる…これって・…
また、髪が撫ぜられる、今度は少し乱暴に、まるで先生が照れたときの仕種にそっくり。
何度も何度も、髪を撫ぜられる…ずっとこうしていたい…
肩に両手が乗せられて、軽く揺すられる。
「ゆきめくん」
先生が呼んでいる…そうか…側に来た暖かい気配は先生だったのね。
ゆっくりと目を開けると、すごく優しい目をした先生が、覆い被さるように覗き込んでいる。思わず、自分の顔が赤くなるのを感じる。
「あ、先生…すみません、眠ってしまって」
優しい目のまま、先生は小さく首を振る。うーーん、相変わらず素敵だな…
「俺の方こそ、待たせて悪かった。さぁ、行こうか?」
そう言って、手を差し伸べてくれる。
大きな手に掴りながら、私しっかり頷くの。
「はい」
fin